華林山 慈恩寺 ~ カリンザン ジオンジ (Karinzan Jionji Temple)~
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目次
慈恩寺 所在地
慈恩寺:埼玉県さいたま市岩槻区
所在地:〒339-0009 埼玉県さいたま市岩槻区表慈恩寺1037
納経時間:8:30~16:30
最寄りの駅:東武 豊春駅
最寄りのIC:
岩槻ICから約20分(約8km)
バス:岩槻駅-蓮田駅東口線[朝日バス]
駐車場:あり(隣接)

慈恩寺とは
山号は「華林山(かりんざん)」。
本尊は「*千手観世音菩薩」で、「慈恩寺観音」とも称される。
このお寺の正式名称は「華林山最上院慈恩寺(かりんざんさいじょういんじおんじ)」といい、天長元年(824年)に慈覚大師によって開かれた天台宗の*古刹(こさつ)です。
*千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)

すべての衆生(人々)を漏らさず救う大いなる慈悲を象徴する仏です。
正式名称は「千手千眼観世音菩薩(せんじゅせんげんかんぜおんぼさつ)」で、千本の手と千の眼であらゆる悩める者を見つけ、手を差し伸べる無限の功徳を持つとされています。
千の手は限りない人々の悩みを漏らさず救い取る慈悲を表します。
*古刹(こさつ)
長い歴史と由緒を持つ古いお寺のことだそうです。開山から何年経てば古刹と呼ばれるかについての明確な定義はありませんが、平安時代や鎌倉時代など古い時代に創建され、地域で厚い信仰を集めている歴史ある寺院を指すのが一般的みたいです。
江戸時代には徳川家康から寺領100石を拝領していたこともあり、坂東三十三観音霊場の十二番札所でもあることから、今も境内は参拝や観光に訪れる人々で賑わっています。

私は車で通ったことはありましたが、御朱印をいただけると知り、行ってみました。
地元のご家族や、日本人ではないであろう方達も来ていました。
本堂(観音堂)

現在の本堂(観音堂)は天保7年(1836)に焼失したのを、天保14年(1843)に建立したもの。寄棟造り。
昭和12年(1937)に改修し、入棟造りとなっている。
道路から少し高くなっており、本堂を見たことが無くて、行ってみて立派な本堂でビックリしました。
浅草寺や善光寺などの大きさはありませんが、とても地元の人に愛されているお寺なんだと感じました。
山門(サンモン)

蓮田市方面から岩槻北稜高校、徳力小学校方面へ向かって行くと見えてきます山門は特段大きくはありませんが、風格のある山門でした。
幾多の火災にも焼け残った本坊の門。元禄4年(1691年)に建立と伝わっているそうです。
御朱印

本堂(観音堂)前の赤い屋根の建物の寺務所(じむしょ)にていただけます。

右側:奉拝(ほうはい)
「つつしんで拝みます」と
いう意味。
中央:華林山慈恩寺(かりんざんじおんじ)お寺の称号である「山号」です。
中央の朱印(お宝印)、仏様や寺院の名前が刻まれており、慈恩寺のご本尊である「千手観世音菩薩」などの御宝印が押されます。
左側、参拝日仏様とのご縁を結んだ
「その日」が記録されます。
左側下:「執事(しつじ)」とは、
寺院において住職を補佐し、寺務(寺の運営・実務全般)を統括する僧侶の役職名の事。-2025年9月中旬
玄奘塔(げんじょうとう)

「西遊記」によって人々に親しまれている名僧 玄奘三蔵法師の、大偉人の霊骨が、慈恩寺に奉安されています。
(;・∀・)私は全く知りませんでした。
十三重の花崗岩の石組みによる玄奘塔を訪れる人は、中国と我が国の仏教文化の架け橋でもあるようです。
初めて慈恩寺を訪れた後に調べたら玄奘塔なるものを知りましたが、本殿から離れている所にあり、寺院から歩いて直線で行けるとの情報もありましたが、私は私有地を通るかもかもしれないので、車で回って行きました。
玄奘三蔵霊骨塔
所在地:〒339-0009 埼玉県さいたま市岩槻区表慈恩寺1037

大きくはありませんでしたが、良く整備され、とても神秘的で静かな空間でした。
慈恩寺は行ったけど、玄奘塔は行けなかった人や、これから行こうかと思っている方の参考になれば幸いです。
総括
慈恩寺と玄奘塔を参拝しましたが、埼玉県さいたま市岩槻区の北東部にある一帯(大字慈恩寺周辺)の地名にもなっているのと、現代まで残っている日本の文化に改めて、関心しました。
平安時代初期(794年頃から約100年間)に開山された古刹「慈恩寺(慈恩寺観音)」を中心に発展した、豊かな自然と歴史的資産が残る緑豊かなエリアで、また散策をしたいと思います。
ご覧いただきありがとうございました。


